栞 (しおり)

好きな朗読って?

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みなさんいつもありがとうございます。

栞(しおり)朗読教室 つじあけみです。

先日 standfmでお話した内容についての記事です

 

つじあけみの朗読ラジオ

 

 

好きな朗読、嫌いな朗読?

 

 

あなたが、「好きだなぁ」と思う朗読(声)は?

反対に、「なんかいやだなぁ」と思う朗読(声)は?


というおはなしをしています。

もしかしたら誤解を招いているかも?と感じたので、

 

これについて少し捕捉をいたします。

 

好きな朗読 も、嫌いな朗読も、そう思った理由がありますよね。

 

じゃあどんな理由があるか・・・

 

特に、いやだなぁと思う朗読(声)

 

これは、決してその朗読者を否定しているのではありません。

 

いやだなぁと思う、そう思った自分の心に向き合うため、

その理由探しのために、何かの機会に考えてみてください^^ということです。

 

朗読者を否定する理由はまったくありません。

だって、その朗読者はどういう気持ちなのか、どういうつもりで読まれているかは

受け取る方(聴き手)にとっては、わからないからです。

 

例えば・・・

 

ラジオの中で話している「嫌な朗読」というのは、私自身の数年前の朗読です。

そこから感じることは「驕り・昂ぶり」

けれど、当の本人(当時の私)は、そんなつもりはありませんでした。

・心を込めて

・相手にわかりやすいように

・一生懸命

 

朗読していました。

 

まさか「驕り昂ぶり」を感じてもらおうと意図していたはずはないのです。

 

ですが、それを感じる・・・(自他ともに)

 

ということは、

意識では、「相手に伝わるように」と思ってやってたことが、

無意識(潜在意識)では、「ねぇ、ねぇ、ねぇ!どう?わかる?わたし、上手に読めてるでしょ?」

という、「相手にわかってほしい」という欲が、声と読み方に表れ出ていたのです。

 

当時の私は、このときの自分の朗読も声も、あまり好きではありませんでした。

 

私の場合、「嫌だなぁ」と思うときは、この時の感情を思い出すときだったのかもしれません。

 

・・・だったのかもしれません。と書いたのは、

 

わたしは、今、「嫌だなぁ」と思うことが無いからです。

それは、自分の朗読に関しても、

人の朗読に関しても。

 

全てが「いい」と思えるようになりました。

 

「いい」というのは、「受け入れる」ということ。

 

つまり、たとえ、前は嫌だと感じていた「驕り」や「昂ぶり」や「承認欲求」みたいな
声が聞こえてきたとしても、それで「いい」

 

それも、私。

 

そして、年月や年齢とともに「驕り」とか「昂ぶり」という
言葉の意味やとらえ方だって変わります。

 

だから、「今の」自分の朗読はこれでいい。

 

ということは、人様の朗読も、「いい」のです。

 

 

全てを、一旦受け入れることが、

おかげさまで、今は当たり前になっています。

 

お仲間さんの朗読も、あなたの朗読も、私の朗読も、まるっと全部受け入れることができると、

 

その次にやることが、たくさんひらめきます。

 

一緒に、何ができるか?をいつも考えることができます。

そして、実際、一緒に取り組むことができる。

 

そんなおはなしを、ラジオのなかでまた、伝えられたらいいなと思います^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この記事を書いた人

辻 曙美

話すことの苦手意識を発声練習で克服してから、世界が広がりました。朗読が心や身体にもたらす効果を自ら感じ、その奥深さに魅了され朗読教室をはじめました。朗読教室・印象力UPセミナー講師(一社 日本朗読協会認定パートナースクール講師)

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