【みんなで読み繋ぐ銀河鉄道の夜】リレー朗読原稿
2025年11月25日、26日のin長野にご参加のみなさまへ。
26日の読み繋ぎの原稿をこちらのページに掲載しました!

原稿は①から㉒までご用意していて、
どこが当たるかは当日のお楽しみです!
①
一、午后(ごご)の授業
①「ではみなさんは、そういうふうに川だと云(い)われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」
先生は、黒板に吊(つる)した大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指(さ)しながら、みんなに問(とい)をかけました。
「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」
ジョバンニは勢(いきおい)よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました
「ではカムパネルラさん。」
するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上ったままやはり答えができませんでした。
ジョバンニはまっ赤になってうなずきました。
けれどもいつかジョバンニの眼のなかには涙(なみだ)がいっぱいになりました。
そうだ僕(ぼく)は知っていたのだ、勿論(もちろん)カムパネルラも知っている、それはいつかカムパネルラのお父さんの博士のうちでカムパネルラといっしょに読んだ雑誌のなかにあったのだ。それをカムパネルラが忘れる筈(はず)もなかったのに、すぐに返事をしなかったのは、このごろぼくが、朝にも午后にも仕事がつらく、学校に出てももうみんなともはきはき遊ばず、カムパネルラともあんまり物を云わないようになったので、カムパネルラがそれを知って気の毒がってわざと返事をしなかったのだ、
そう考えるとたまらないほど、じぶんもカムパネルラもあわれなような気がするのでした。
「では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」
②
二、活版所
② ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七、八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭の隅(すみ)の桜(さくら)の木のところに集まっていました。それはこんやの星祭に青いあかりをこしらえて川へ流す烏瓜(からすうり)を取りに行く相談らしかったのです。
けれどもジョバンニは手を大きく振(ふ)ってどしどし学校の門を出て来ました。 家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲ってある大きな活版処にはいって、突(つ)き当りの大きな扉(と)をあけました。中にはまだ昼なのに電燈がついてたくさんの輪転器がばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムプシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働いて居(お)りました。
「よう、虫めがね君、お早う。」 ジョバンニは何べんも眼を拭(ぬぐ)いながら活字をだんだんひろいました。
六時がうってしばらくたったころ、ジョバンニは拾った活字をいっぱいに入れた平たい箱(はこ)をもういちど手にもった紙きれと引き合せてから、さっきの卓子の人へ持って来ました。 白服を着た人がやっぱりだまって小さな銀貨を一つジョバンニに渡しました。
ジョバンニは俄(にわ)かに顔いろがよくなって威勢(いせい)よくおじぎをすると台の下に置いた鞄(かばん)をもっておもてへ飛びだし一目散(いちもくさん)に走りだしました。
③④ツイン
三、家
③「お母(っか)さん。いま帰ったよ。工合(ぐあい)悪くなかったの。」
④「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼(すず)しくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」
③「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」
④「ああ あたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」
③「だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」
④「ああ だけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」
③「きっと出ているよ。お父さんが監獄(かんごく)へ入るようなそんな悪いことをした筈(はず)がないんだ。」
④「お父さんはこの次はおまえにラッコの上着をもってくるといったねえ。」
③「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」
④「おまえに悪口を云うの。」
③「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」
④「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」
③「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中(とちゅう)たびたびカムパネルラのうちに寄った。」
④「そうかねえ。」
④「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」
③「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」
④「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」
③「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」
④「もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒(いっしょ)なら心配はないから。」
③「では一時間半で帰ってくるよ。」
⑤
四、ケンタウル祭の夜
⑤ジョバンニは暗い戸口を出ました。
ジョバンニは、せわしく いろいろのことを考えながら、さまざまの灯(あかり)や 木の枝(えだ)で、すっかりきれいに飾(かざ)られた街を 通って行きました。
時計屋の店には 明るく ネオン燈(とう)がついて、
そのまん中に 円い 黒い 星座(せいざ)早見(はやみ)が
青いアスパラガスの葉で 飾ってありました。
ジョバンニは われを忘れて、その星座の図に 見入りました。
ほんとうに こんなような 蝎(さそり)だの 勇士(ゆうし)だの そらにぎっしり居るだろうか、
ああ ぼくはその中を
どこまでも歩いて見たい と思ってたりして
しばらく ぼんやり立って居ました。
⑥
五、天気輪の柱
⑥ジョバンニは、もう露(つゆ)の降りかかった小さな林のこみちを、どんどんのぼって行きました。
頂(いただき)の 天気(てんき)輪(りん)の柱の下に来て、どかどかするからだを、つめたい草に投げました。
そこから 汽車の音が 聞えてきました。
その小さな列車の窓は 一列 小さく赤く見え、
その中には たくさんの旅人が、苹果(りんご)を剥(む)いたり、
わらったり、いろいろな風にしていると考えますと、
ジョバンニは、もう何とも云えずかなしくなって、また眼をそらに挙げました。
「ああ あの白いそらの帯(おび)が みんな星だというぞ」
ところがいくら見ていても、その空は先生の云ったようなところだとは思われませんでした。見れば見るほど、そこには小さな林や牧場やらある野原のように考えられて仕方がなかったのです。
⑦
六、銀河ステーション
⑦ するとどこかで、ふしぎな声が、
「銀河ステーション 銀河ステーション・・・」
いきなり眼の前が、ぱっ と明るくなりました。
ジョバンニは、思わず何べんも 眼(め)を擦(こす)ってしまいました。
気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、
ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。
ほんとうにジョバンニは、夜の軽便(けいべん)鉄道(てつどう)の、小さな黄いろの電(でん)燈(とう)のならんだ車室(しゃしつ)に、窓から外を見ながら 座(すわ)っていたのです。
すぐ前の席に、ぬれたようにまっ黒な上着を着た、
せいの高い子供が、窓から頭を出して 外を見ているのに気が付きました。
それはカムパネルラだったのです。
ごとごとごとごと、
その小さなきれいな汽車は、そらのすすきの風にひるがえる中を、天(あま)の川(がわ)の水や、三角点(さんかくてん)の青じろい微光(びこう)の中を、どこまでも どこまでもと、走って行くのでした。
⑧
七、北十字とプリオシン海岸
⑧「おっかさんは、ぼくをゆるして下さるだろうか。」
いきなり、カムパネルラが、思い切ったというように、少し どもりながら、急(せ)きこんで云(い)いました。
「ぼくはおっかさんが、ほんとうに幸(さいわい)になるなら、どんなことでもする。けれども、いったいどんなことが、おっかさんのいちばんの幸(さいわい)なんだろう。」
カムパネルラは、なんだか、泣きだしたいのを、
一生けん命こらえているようでした。
「きみのおっかさんは、なんにもひどいことないじゃないの。」
ジョバンニはびっくりして叫(さけ)びました。
「ぼくわからない。けれども、誰(たれ)だって、ほんとうにいいことをしたら、いちばん幸(さいわい)なんだねえ。だから、おっかさんは、ぼくをゆるして下さると思う。」
カムパネルラは、なにかほんとうに決心しているように見えました。
⑨
⑨ 俄(にわ)かに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。
その島の 平(たい)らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架(じゅうじか)がたって、金いろの円光(えんこう)をいただいて、しずかに永久(えいきゅう)に立っているのでした。
間もなくプラットホームの一列の電(でん)燈(とう)が、うつくしく規則正しくあらわれ、それがだんだん大きくなってひろがって、二人は丁度(ちょうど) 白鳥(はくちょう)停車場(ていしゃば)の、大きな時計の前に来て とまりました。
「ぼくたちも降りて見ようか。」
ジョバンニが云いました。
「降りよう。」
二人は一度にはねあがってドアを飛び出して改札口(かいさつぐち)へかけて行きました。
「行ってみよう。」
二人は、まるで一度に叫んで、そっちの方へ走りました。その白い岩になった処(ところ)の入口に、
〔プリオシン海岸〕という、瀬戸物(せともの)のつるつるした
標札が立ってありました。
⑩
⑩「おや、変なものがあるよ。」
カムパネルラが、不思議そうに立ちどまって、岩から黒い細長い さきの尖(とが)ったくるみの実のようなものをひろいました。
「くるみの実だよ。そら、沢山(たくさん)ある。流れて来たんじゃない。岩の中に入ってるんだ。」
「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない」
「もう時間だよ。行こう。」
カムパネルラが地図と腕時計(うでどけい)とをくらべながら云いました。
二人は、その白い岩の上を、一生けん命 汽車におくれないように走りました。
そしてほんとうに、風のように走れたのです。息も切れず膝(ひざ)もあつくなりませんでした。
こんなにしてかけるなら、もう世界中だってかけれると、ジョバンニは思いました。
そして二人は、前のあの河原を通り、改札口の電(でん)燈(とう)が だんだん大きくなって、間もなく二人は、もとの車室(しゃしつ)の席に座(すわ)って、
いま行って来た方を、窓から見ていました。
⑪
八、鳥を捕る人
⑪「ここへかけてもようございますか。」
がさがさした、けれども親切そうな、大人の声が、二人のうしろで聞えました。
「ええ、いいんです。」ジョバンニは、少し肩をすぼめて挨拶(あいさつ)しました。
その人は、ひげの中で かすかに微笑(わら)いながら 荷物をゆっくり網棚(あみだな)にのせました。
ジョバンニは、なにか大へんさびしいような かなしいような気がして、だまって正面の時計を見ていました。
「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか。」
「どこまでも行くんです。」ジョバンニは、少しきまり悪そうに答えました。
「それはいいね。この汽車は、じっさい、どこまででも行きますぜ。・・・・・ぜんたい あなた方は、どちらからおいでですか?」
ジョバンニは、すぐ返事をしようと思いましたけれども、さあ、ぜんたい どこから来たのか、もうどうしても考えつきませんでした。
カンパネルラも顔を真っ赤にして、なにか思い出そうとしているのでした。
⑫
九、ジョバンニの切符
⑫「切符を拝見いたします。」
三人の席の横に、赤い帽子(ぼうし)をかぶったせいの高い車掌(しゃしょう)が、いつかまっすぐに立っていて云いました。
「これは 三次(さんじ)空間(くうかん)の方から お持ちになったのですか。」車掌(しゃしょう)がたずねました。
カムパネルラは、その紙切れが何だったか、急いでのぞきこみました。
すると 鳥(とり)捕り(とり)が 横から ちらっとそれを見て あわてたように云(い)いました。
「おや、こいつは大(たい)したもんですぜ。
こいつはもう、ほんとうの天上(てんじょう)へさえ行ける切符だ。天上どこじゃない、どこでも勝手にあるける通行券です。
こいつをお持ちになれぁ、
なるほど、
こんな不完全な幻想(げんそう)第四次の銀河鉄道なんか、
どこまででも行ける筈(はず)でさあ、
あなた方 大したもんですね。」
ジョバンニは なんだか わけもわからずに にわかにとなりの鳥(とり)捕(と)りが 気の毒でたまらなくなりました。
⑬
⑬もう その 見ず知らずの鳥(とり)捕(と)りのために、
ジョバンニの持っているものでも 食べるものでも なんでもやってしまいたい、もうこの人の ほんとうの幸(さいわい)になるなら
自分があの光る 天(あま)の川(がわ)の河原(かわら)に立って
百年つづけて立って 鳥をとってやってもいい
というような気がして、どうしても もう黙(だま)っていられなくなりました。
ほんとうにあなたのほしいものは一体何ですか、
と訊(き)こうとして、
それではあんまり出し抜(ぬ)けだから、
どうしようかと考えて 振(ふ)り返って見ましたら、
そこには もうあの鳥捕りが居ませんでした。
「あの人どこへ行ったろう。」カムパネルラもぼんやりそう云っていました。
「どこへ行ったろう。一体 どこでまたあうのだろう。僕(ぼく)はどうして も少し あの人に 物を言わなかったろう。」
「ああ、僕もそう思っているよ。」
「僕は あの人が邪魔(じゃま)なような気がしたんだ。だから僕は大へんつらい。」ジョバンニは こんな変てこな気もちは、ほんとうにはじめてだし、こんなこと今まで云ったこともないと思いました。
⑭
⑭「何だか 苹果(りんご)の匂(におい)がする。僕 いま苹果(りんご)のこと 考えたためだろうか。」
カムパネルラが 不思議そうにあたりを見まわしました。
「ほんとうに苹果(りんご)の匂(におい)だよ。それから野茨(のいばら)の匂もする。」
ジョバンニもそこらを見ましたが やっぱりそれは
窓からでも 入(はい)って来(く)るらしいのでした。
そしたら 俄(にわ)かにそこに、つやつやした 黒い髪(かみ)の
六つばかりの男の子が 赤いジャケツのぼたんもかけず
ひどく びっくりしたような顔をして
がたがたふるえて はだしで立っていました
隣(とな)りには 黒い洋服をきちんと着た せいの高い青年が一ぱいに風(かぜ)に吹(ふ)かれている けやきの木のような姿勢で、男の子の手を しっかりひいて立っていました。
「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」燈台(とうだい)看守(かんしゅ)が 青年にたずねました。
「いえ・・・・氷山にぶっつかって 船が沈(しず)みましてね
この方たちのお母さんは 没(な)くなられました。」
⑮
⑮燈台(とうだい)守(もり)がなぐさめていいました。
「なにがしあわせかわからないです。ほんとうに どんなつらいことでも それがただしいみちを進む中でのできごとなら 峠(とうげ)の 上りも下りも みんなほんとうの幸福(さいわい)に近づく 一(ひと)あしずつですから。」
そして 男の子と姉(あね)は もうつかれて めいめい ぐったり席によりかかって 眠っていました。
「いかがですか。こういう苹果(りんご)はおはじめてでしょう。」
「ありがとうおじさん。おや、かおるねえさん まだねてるねえ、ぼく おこしてやろう。
ねえさん。ごらん、りんごをもらったよ。おきてごらん。」
姉はわらって眼をさまし まぶしそうに両手を眼にあてて それから りんごを見ました
男の子は まるでパイを喰(た)べるように もうそれを喰べていました。
二人はりんごを大切にポケットにしまいました。
「鳥が飛んで行くな。」ジョバンニが窓の外で云いました。
「どら、」カムパネルラも そらを見ました。
⑯
⑯二人の顔を出している まん中の窓から あの女の子が顔を出して 美しい頬(ほほ)をかがやかせながら そらを仰(あお)ぎました。
「まあ、この鳥(とり)、たくさんですわねえ、あらまあ そらのきれいなこと。 あの人 鳥(とり)へ教(おし)えてるんでしょうか。」
女の子がそっとカムパネルラにたずねました。
「わたり鳥へ信号してるんです。きっとどこからかのろしがあがるためでしょう。」
カムパネルラが少しおぼつかなそうに答えました。
(どうして僕(ぼく)は こんなにかなしいのだろう。
僕はもっと こころもちをきれいに 大きくもたなければいけない。
あすこの岸の ずうっと向うに まるでけむりのような小さな青い火が見える。
あれはほんとうに しずかでつめたい。
僕はあれをよく見て こころもちをしずめるんだ。)
ジョバンニは熱(ほて)って痛いあたまを両手で押(おさ)えるようにしてそっちの方を見ました。
⑰
⑰(ああほんとうに どこまでも どこまでも
僕といっしょに行くひとはないだろうか。
カムパネルラだって あんな女の子とおもしろそうに談(はな)しているし
僕はほんとうにつらいなあ。)
ジョバンニの眼は また泪(なみだ)でいっぱいになり 天の川もまるで 遠くへ行ったように ぼんやり 白く見えるだけでした。
川の向う岸が俄(にわ)かに赤くなりました
「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は 何を燃やせばできるんだろう。」ジョバンニが云(い)いました。
「蝎(さそり)の火だな。」カムパネルラが 又(また)
地図と首(くび)っ引き(ぴき)して答えました。
「あら、蝎(さそり)の火のことなら あたし知ってるわ。」
「蝎(さそり)の火ってなんだい。」ジョバンニがききました。
「蝎(さそり)がやけて死んだのよ。その火が いまでも燃えてるって あたし 何べんもお父さんから聴いたわ。」
⑱
⑱「蝎(さそり)って、虫だろう。」
「ええ、蝎(さそり)は虫よ。だけどいい虫だわ。」
「蝎(さそり) いい虫じゃないよ。僕 博物館でアルコールにつけてあるの見た。尾に こんなかぎがあって それで螫(さ)されると死ぬって先生が云ったよ。」
「そうよ。だけどいい虫だわ、お父さん斯(こ)う云ったのよ。
・・・・ああ、わたしはいままで いくつの ものの命をとったかわからない、どうか神さま 私の心をごらん下さい。こんなにむなしく 命をすてず どうかこの次には まことのみんなの幸(さいわい)のために 私のからだをおつかい下さい。・・・・・って云ったというの。
そしたら いつか蝎(さそり)は じぶんのからだが まっ赤なうつくしい火になって 燃えて よるのやみを照らしているのを見たって。いまでも燃えてるってお父さん仰(おっしゃ)ったわ。ほんとうにあの火それだわ。」
その火が だんだんうしろの方になるにつれて、みんなは、さまざまの楽(がく)の音(ね)や、草花(くさばな)の匂(におい)いのようなもの、人々の ざわざわいう声やらを聞きました。
⑲
「ああ、そうだ、今夜ケンタウル祭だねえ。」
「ああ、ここはケンタウルの村だよ。」
ああそのときでした。
見えない天(あま)の川(がわ)のずうっと川下(かわしも)に青や橙(だいだい)や もうあらゆる光でちりばめられた十字架(じゅうじか)が まるで一本の木という風(ふう)に 後光(ごこう)のようにかかっているのでした。
汽車の中が まるでざわざわしました。
みんなはつつましく列を組んで あの十字架の前の
天(あま)の川(がわ)のなぎさに ひざまずいていました。
そしてその見えない天(あま)の川(がわ)の水をわたって
ひとりの 神々(こうごう)しい 白いきものの人が
手をのばしてこっちへ来るのを 二人は見ました。
「さあ、下りるんですよ」青年は 男の子の手をひき だんだん向こうの出口の方へ 歩き出しました。
「じゃさよなら」女の子がふりかえって 二人に云いました。
⑳
⑳女の子は いかにもつらそうに眼をおおきくして も一度こっちをふりかえって、それからあとはもうだまって 出て行ってしまいました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に行こう。僕は もうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸(さいわい)のためならば 僕のからだなんか百ぺん灼(や)いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」カムパネルラの眼にはきれいな涙(なみだ)がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」ジョバンニが胸いっぱい 新らしい力が湧(わ)くように ふうと息をしながら云いました。
「あ、あすこ石炭袋(ぶくろ)だよ。そらの孔(あな)だよ。」カムパネルラが少しそっちを避(さ)けるようにしながら 天(あま)の川(がわ)のひととこを指さしました。
㉑
㉑ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。
天(あま)の川(がわ)の一とこに 大きなまっくらな孔がどほんとあいているのです。
その底が どれほど深いか その奥(おく)に何があるか いくら眼をこすってのぞいてもなんにも見えず ただ眼がしんしんと痛むのでした。
ジョバンニが云いました。
「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも 僕たち一緒に進んで行こう。」
「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってるねえ。
あすこがほんとうの天上(てんじょう)なんだ。 あっ あすこにいるの ぼくのお母さんだよ。」
カムパネルラは 俄(にわ)かに窓の遠くに見える きれいな野原を指して叫(さけ)びました。
㉒
㉒「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」
ジョバンニが斯(こ)う云いながらふりかえって見ましたら
そのいままでカムパネルラの座(すわ)っていた席にもうカムパネルラの形は見えず
ただ 黒いびろうどばかりひかっていました。
ジョバンニは まるで鉄砲丸(てっぽうだま)のように立ちあがりました。
そして誰(たれ)にも聞えないように窓の外へからだを乗り出して 力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉(のど)いっぱい泣きだしました。もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。
ジョバンニは 眼をひらきました。
もとの丘(おか)の 草の中に つかれてねむっていたのでした。
胸は 何だかおかしく熱(ほて)り
頬(ほほ)にはつめたい涙がながれていました。
予習会、stand.fm音源はこちらです!
参加してくださったみなさま、本当にありがとうございました!
下記の予習会は、①~④まで朗読しました。
読み繋ぎ原稿 全編の配信はこちら
リレー朗読バージョンはこちら
追伸・・・
ラジオを聞いてくださっている方へ^^
ライブ配信のとき、今以上 申込が増えたら「原稿増やします!」と言っていましたが、
時間の制限があることを失念していました・・・🙇♂️
ひとまず今の時点(11月7日現在)で、リレー朗読はあと残り1名様で締め切りとさせていただきます。
ご了承いただけましたら幸いです!