「白」【三】芥川龍之介作 朗読ライブ
本日の朗読は「白」の【三】です
2023年11月2日(木)放送のstand fm 朗読ラジオの音源です。
この放送は、夜のリラックスタイムに「朗読」を楽しんでいただけたらという気持ちで
ライブ配信しています。
聴き手のみなさんは「おはなし」を楽しんでいただけるように
朗読の読み手として活動されている方は、
何か、何か少しでも上達のヒントを得ていただけるように、そう思ってお届けしております。
ライブの音源は、お手本朗読としてのテキストではありませんのでご注意くださいね^^
白【三】の朗読は8:45(8分45秒)のところから12分間です。
朗読のみをお聞きになる場合は8分45秒のところまで飛ばしてくださいね。
セルフレッスン後に収録した「白」全文朗読はこちらからお聴きください
前日の朗読のセルフレッスン
前日の「白」【一・二】を読むにあたって
・心がけたこと
・もっとこうしたほうがいいのでは?ということ
・自分の朗読を聞いて思うこと
などを、ラジオ内で話しました。
こちらに備忘録として書いておきます。
一文(ここでは、文頭から句点までのことを言っています)をできるだけ、まとめて伝えています。
そのために、普段、話すスピードに合わせるようにしました。
そうするとかなり早いスピードになりますが、噛まないように気をつけました。
そのぶん、一文と一文の間の「間」は長めにとるようにしました。
読んでいる時は「間をとりすぎているかな?」と思いましたが、
あとで聴いてみるとそれほどでもなく、まだ間があったほうがいいと思いました。
伝えよう伝えようという気持ちが先立っているのか、
全体的な読みに必死さを感じます。
行き過ぎると、くどい感じになりそうなので気をつけましょう。
いつものぶつぶつ切れる感じがなく、よかったと思います。
白の、声の感じも、紳士的、誠実、優しい感じ、人間でいうと40代くらい
というイメージに合っているのではと思いました。
さて、【三】のセルフレッスンはどうなるか・・・
ちょっと厳しめになりそうです 笑
アクセントの間違い、ごまかし、等々・・・
(音源を聴きながら、原稿を目で追うとわかります、涙)
青空文庫より今日の朗読箇所を引用
お嬢さんや坊ちゃんに逐い出された白は東京中をうろうろ歩きました。しかしどこへどうしても、忘れることの出来ないのはまっ黒になった姿のことです。白は客の顔を映している理髪店の鏡を恐れました。雨上りの空を映している往来の水たまりを恐れました。往来の若葉を映している飾窓の硝子を恐れました。いや、カフェのテエブルに黒ビイルを湛えているコップさえ、――けれどもそれが何になりましょう? あの自動車を御覧なさい。ええ、あの公園の外にとまった、大きい黒塗りの自動車です。漆を光らせた自動車の車体は今こちらへ歩いて来る白の姿を映しました。――はっきりと、鏡のように。白の姿を映すものはあの客待の自動車のように、到るところにある訣なのです。もしあれを見たとすれば、どんなに白は恐れるでしょう。それ、白の顔を御覧なさい。白は苦しそうに唸ったと思うと、たちまち公園の中へ駈けこみました。
公園の中には鈴懸の若葉にかすかな風が渡っています。白は頭を垂れたなり、木々の間を歩いて行きました。ここには幸い池のほかには、姿を映すものも見当りません。物音はただ白薔薇に群がる蜂の声が聞えるばかりです。白は平和な公園の空気に、しばらくは醜い黒犬になった日ごろの悲しさも忘れていました。
しかしそう云う幸福さえ五分と続いたかどうかわかりません。白はただ夢のように、ベンチの並んでいる路ばたへ出ました。するとその路の曲り角の向うにけたたましい犬の声が起ったのです。
「きゃん。きゃん。助けてくれえ! きゃあん。きゃあん。助けてくれえ!」
白は思わず身震いをしました。この声は白の心の中へ、あの恐ろしい黒の最後をもう一度はっきり浮ばせたのです。白は目をつぶったまま、元来た方へ逃げ出そうとしました。けれどもそれは言葉通り、ほんの一瞬の間のことです。白は凄じい唸り声を洩らすと、きりりとまた振り返りました。
「きゃあん。きゃあん。助けてくれえ! きゃあん。きゃあん。助けてくれえ!」
この声はまた白の耳にはこう云う言葉にも聞えるのです。
「きゃあん。きゃあん。臆病ものになるな! きゃあん。臆病ものになるな!」
白は頭を低めるが早いか、声のする方へ駈け出しました。
けれどもそこへ来て見ると、白の目の前へ現れたのは犬殺しなどではありません。ただ学校の帰りらしい、洋服を着た子供が二三人、頸のまわりへ縄をつけた茶色の子犬を引きずりながら、何かわいわい騒いでいるのです。子犬は一生懸命に引きずられまいともがきもがき、「助けてくれえ。」と繰り返していました。しかし子供たちはそんな声に耳を借すけしきもありません。ただ笑ったり、怒鳴ったり、あるいはまた子犬の腹を靴で蹴ったりするばかりです。
白は少しもためらわずに、子供たちを目がけて吠えかかりました。不意を打たれた子供たちは驚いたの驚かないのではありません。また実際白の容子は火のように燃えた眼の色と云い、刃物のようにむき出した牙の列と云い、今にも噛みつくかと思うくらい、恐ろしいけんまくを見せているのです。子供たちは四方へ逃げ散りました。中には余り狼狽したはずみに、路ばたの花壇へ飛びこんだのもあります。白は二三間追いかけた後、くるりと子犬を振り返ると、叱るようにこう声をかけました。
「さあ、おれと一しょに来い。お前の家まで送ってやるから。」
白は元来た木々の間へ、まっしぐらにまた駈けこみました。茶色の子犬も嬉しそうに、ベンチをくぐり、薔薇を蹴散らし、白に負けまいと走って来ます。まだ頸にぶら下った、長い縄をひきずりながら。× × ×
二三時間たった後、白は貧しいカフェの前に茶色の子犬と佇んでいました。昼も薄暗いカフェの中にはもう赤あかと電燈がともり、音のかすれた蓄音機は浪花節か何かやっているようです。子犬は得意そうに尾を振りながら、こう白へ話しかけました。
「僕はここに住んでいるのです。この大正軒と云うカフェの中に。――おじさんはどこに住んでいるのです?」
「おじさんかい?――おじさんはずっと遠い町にいる。」
白は寂しそうにため息をしました。
「じゃもうおじさんは家へ帰ろう。」
「まあお待ちなさい。おじさんの御主人はやかましいのですか?」
「御主人? なぜまたそんなことを尋ねるのだい?」
「もし御主人がやかましくなければ、今夜はここに泊って行って下さい。それから僕のお母さんにも命拾いの御礼を云わせて下さい。僕の家には牛乳だの、カレエ・ライスだの、ビフテキだの、いろいろな御馳走があるのです。」
「ありがとう。ありがとう。だがおじさんは用があるから、御馳走になるのはこの次にしよう。――じゃお前のお母さんによろしく。」
白はちょいと空を見てから、静かに敷石の上を歩き出しました。空にはカフェの屋根のはずれに、三日月もそろそろ光り出しています。
「おじさん。おじさん。おじさんと云えば!」
子犬は悲しそうに鼻を鳴らしました。
「じゃ名前だけ聞かして下さい。僕の名前はナポレオンと云うのです。ナポちゃんだのナポ公だのとも云われますけれども。――おじさんの名前は何と云うのです?」
「おじさんの名前は白と云うのだよ。」
「白――ですか? 白と云うのは不思議ですね。おじさんはどこも黒いじゃありませんか?」
白は胸が一ぱいになりました。
「それでも白と云うのだよ。」
「じゃ白のおじさんと云いましょう。白のおじさん。ぜひまた近い内に一度来て下さい。」
「じゃナポ公、さよなら!」
「御機嫌好う、白のおじさん! さようなら、さようなら!」
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